• Aは,X社に勤務する会社員である。Aは,後記のとおり渡米するまで,B県C市内の肩書地 (以下「A肩書地」という。)を住民票上の住所とし,実際にも妻とともにここに住んでいた。
• Aは,勤務先であるX社から長期赴任命令を受け,令和4年3月27日から令和5年3月16日までの予定で米国に出張し,シカゴにある法科大学院の修士課程を履修することとなった。
• Aは,令和4年3月23日、C市役所に対し,同月27日に米国へ転出するとの届出をし,そのとおり同日に離日して米国に赴いたが,途中で赴任期間の延長命令があり,予定より少し後の令和5年3月26日に帰国した。この間,すなわち令和4年3月28日から令和5 年3月25日まで,Aは米国に滞在していた。なお,Aの妻は従来どおり原告肩書地に住んでいた。
• Aは,帰国後,予定どおりX社の勤務に復帰し,再び原告肩書地において妻と同居し,令和 5年3月28日,C市役所に対し,同月26日に原告肩書地に転入したとの届出をした。
• C市役所税務課職員は,令和5年度の個人住民税の賦課決定をするに当たり,賦課期日である令和5年1月1日において原告がC市の住民基本台帳に記録されていないことを確認したが,住所がA肩書地にあるとしたAの給与支払報告書がX社から提出されたため,同年2月28日,同社に電話で事情を問合せた。同社職員の説明によれば,Aは職務により出国しており,同年3月16日に帰国する予定とのことであった。
• C市役所は,以上の事情を踏まえ,令和5年1月1日におけるAの住所はC市内のA肩書地であると認定し,同年5月11日,Aに対する令和5年度の個人住民税税の賦課決定をし(以 下「本件処分」という。),これをそのころX社を経由してAに通知した。
Aは、令和5年1月1日時点においては同区の住民基本台帳に記録されておらず,かつ,米国に滞在していたが、C市役所は、どのような理由により令和5におけるAの住所は文京区内のA肩書地であると認定したか。
(本事例は、東京地裁平成19年5月15日判決を参考にしています。)
個人住民税の賦課
個人住民税は、以下の規定により、その年の1月1日時点で市町村(都道府県)に住所がある個人に対して課税されます
(1) 道府県民税
地方税法24条1項 「 道府県民税は 、 第一号に掲げる者に対しては均等割額及び所得割額の合算額により、・・・課する。 一 道府県内に住所を有する個人」
同条2項 「前項第一号、第六号及び第七号の道府県内に住所を有する個人とは、住民基本台帳法の適 用を受ける者については、その道府県の区域内の市町村の住民基本台帳に記録されている者 (第二百九十四条第三項の規定により当該住民基本台帳に記録されているものとみなされる 者を含み、同条第四項に規定する者を除く。)をいう。」 地方税法39条 「個人の道府県民税の賦課期日は、当該年度の初日の属する年の一月一日とする。」
(2) 市町村民税
地方税法294条1項
「市町村民税は、第一号の者に対しては均等割額及び所得割額の合算額により、・・・課す る。
一 市町村内に住所を有する個人」
同条2項
「前項第一号の市町村内に住所を有する個人とは、住民基本台帳法の適用を受ける者につい ては、当該市町村の住民基本台帳に記録されている者をいう。」
同条3項
「市町村は、当該市町村の住民基本台帳に記録されていない個人が当該市町村内に住所を有 する者である場合には、その者を当該住民基本台帳に記録されている者とみなして、その者 に市町村民税を課することができる。この場合において、市町村長は、その者が他の市町村 の住民基本台帳に記録されていることを知つたときは、その旨を当該他の市町村の長に通知 しなければならない。」
地方税法318条
「個人の市町村民税の賦課期日は、当該年度の初日の属する年の一月一日とする。」
これらの規定によれば、個人住民税の納税義務者は、都道府県・市町村に住所を有する個 人であり、住所を有する個人とは、市町村の住民基本台帳に記録されている者に記録されて いる者になります。賦課期日は、課税要件の充足を確認して、納税義務を確定させる日であるところ、1月1日の住民基本台帳の記録をもって、個人の住所の有無を確認し、個人住民税 の納税義務を確定させることになります。
ただし、住民基本台帳に記録されていない個人が当該市町村内に住所を有する者である場 合には、その者を当該住民基本台帳に記録されている者とみなして、その者に市町村民税を 課することができるとされています。
賦課期日に住民基本台帳に記録されていない者の住所
地方税法の規定では、賦課期日である1月1日に住民基本台帳に記録されている者が、市町村・道府県に住所を有する個人として、地方住民税の納税義務を負います。このような取り扱いは、適正・公平の要請にこたえつつ,迅速処理をする必要があることに照らすならば合理性が認められると考えられています。
ところで、住所の意義は租税法には定められておらず、民法22条の「生活の本拠」と同義であると一般的には考えられています。
1月1日に住民基本台帳に記録されていることをもって、個人の「生活の本拠」があると推定することは、「生活の本拠」が、その者の職業、親族の住所、資産の所在地等を勘案して総合的に判断することからすれば、不都合がある場合が生ずると考えられます。
例えば、賦課期日において外国に滞在していればそれだけで日本に住所はないとされるのであれば,転出の届出をして出国し,賦課期日の前後のみ外国に滞在することによって住民税を免れることが可能となってしまいます。
そこで、地方税法294条2項は、住民基本台帳に記録されていない個人が当該市町村内に住所を有する者である場合には、その者を当該住民基本台帳に記録されている者とみなすと規定していると考えられます。
賦課期日において外国に滞在していた者については,その出国の期間,目的,生活状況等の事情を考慮し,外国の滞在が一時的なものと認められる場合には,出国前の住所を上記賦課期日における住所と認める合理性があり,そのように解すべきであると考えられます。
したがって、Aは、年1月1日に外国に滞在していて、賦課期日に住民基本台帳に記録されていないとしても、同年3月26日に帰国し、住民基本台帳に転入の記録がされているのであるから、年においてC市に住所を有するものと取り扱うことに合理性があるものと考えられます。
2024年4月現在の法令をもとに作成しています。